ジャーマン+雨 評論風

観てるあいだ中、ずっとドキドキが止まらなかった。
冒頭でよし子が万引きをしたり、もらった衣類を古具屋に売ろうとしたりしたところは、映画の世界がメルヘンであると示されているようで、でも僕はメルヘンが嫌いだから、だからドキドキしているのかと思ったけど、それは違った。
それは彼らが自らを衛ることを放棄しているから。
子供のように。
子供と一緒に遊んでいるから、それはわかりやすく提示されていたのだけど、でも、そんな言葉や提示とは関係なく、本当にそこに在らんとする、その姿にただ、圧倒される。
子供の頃の記憶が曖昧なのはたぶん、子供には自我しかなくて、他者がいないから。
そんな子供のように、自己と他者の区別なく映画のなかの彼らは生きている。
欺瞞がないからとか、そんなレベルの話ではない。騙すべき自己すら認識の範囲外なのだ。
自己の防衛がないから、だから常に身を投げ出すように、飛び込んでいくように生きていく。
そんな、自分を守ろうとしない生き方にドキドキしていたのだと思う。

クライマックスのよし子の夢のシーンで、はじめてよし子たちの観ている世界が観客にも示される。それはただ暴力的に、美しく、自己も他者もなく、世界のすべてと解け合ったかのような光景。
自己と他者との関係性を新しい見せ方で切り取った横浜聡子は、大天才だと思う。この映画を観れてよかった。